パトロール日和








非常に天気がよかったが、相変わらず管内は喧騒に満ちているらしく、所内はどこもがらがらだった。
サカキバラにパトロールを止められたが、あまりにもずっと所内にいるのもばかばかしいくらいの陽気だったので、唐沢と漆原は所の目の前の公園に行くことにした。
外に出ると思ったとおりいい陽気で、唐沢はまぶしそうに空を見上げた。
漆原は唐沢のそばを付かず離れずで、どうがんばっても護衛にしか見えなかった。
「ねえ、漆原くん。私、ストーカー大丈夫だと思うけど」
「君の大丈夫は大丈夫じゃない」
「そう、かなぁ」
「せめて運動神経がマシになってから言ってくれ」
「…そんなにひどい?」
「学生時代は普通だと思ってたし、多分普通の部類なんだろうけど、ここではカタツムリ並みにのろい」
「そんなこと言われても、ここの人たちと同じには無理」
「よく試験通ったなぁ」
試験には運動神経を確かめるものなんてなかった、と膨れながら、唐沢は足を速めた。
「これでも治療の時にはちゃんとしてるつもりだけど」
「うん、それはわかった」
もう一度何か嫌味を言われるかと思ったのに、素直に認められて驚いて漆原を見た。
思いがけず漆原がこちらを見ていて、さらに驚いて足を止めてしまった。
「…何?」
「…なんでもない、です」
そう答えながら、唐沢は学生時代をぼんやりと思い出した。

学生時代の唐沢は、人よりも少しだけ成績がよかった。飛び抜けてよいわけではなく、習熟度が同級生に比べればほんの少し良かっただけのことだ。
それに比べて漆原は、運動神経だけは抜群に良かった。本来その運動神経を生かしてスポーツ特待でもいけるくらいのところを断って、順調に学習面での習熟度を上げていた。おそらく将来を見越して学力も上げることを希望したのだろう。
飛び級自体はさほど珍しいことではない。上がる時期が同じなのが珍しいだけで。飛び級で偶然一緒に上がるたびに唐沢の同級生は漆原だけになっていった。
飛び級で一緒に上がるたびにいつか出し抜いてやろうとお互いに思うのだが、なかなかうまくいかずにますます習熟度を上げることになり、いつしか同年の者よりもどんどん学年を上げてしまっていたのだった。
何より唐沢がいまだに漆原を苦手とするのは、上級生にはうまく取り繕い、同年である唐沢には全く態度が違っていたことで、今考えればプライドだとかに絡んだちょっとした意地悪なんだろうとわかるが、当時はそのちょっとした意地悪さにへこまされる毎日だった。

公園を抜けるとちょっとした川があり、その堤防の上を少しだけ歩くことにした。
「まあ、ここならいいか。よく見えるし」
漆原のつぶやきが何を意味しているのかよくわからないまま、唐沢はのんきに歩きだした。
同じように子どもが堤防にやってきて唐沢を追い越していこうとする。
すれ違いざまに子どもの帽子が飛ばされ、唐沢は思わず手を伸ばした。指の先でつかんだものの、バランスを崩して堤防の下に足を踏み出してしまった。
「うわっ」
「…危なっ」
気がつくと、唐沢は抱きかかえられたまま堤防を滑り落ちていた。草の音がザザッと響くだけで、唐沢の身体はほぼ無傷だった。
漆原が唐沢を抱きかかえながらもさすがにうまく堤防を滑り降り、下まで着くとすかさず唐沢を立ち上がらせた。
「…ごめん、ありがとう」
小さくお礼を言うと、漆原は唐沢に手に持っている帽子を待っている子どもに渡すよう促した。
「お姉ちゃん、ありがとう」
そう言って駆けていく子どもを見送った後、漆原に向き直った。
「自分の運動神経も考えずにまた余計なことしてって思ってる?」
「思ってない。むしろ驚いてる」
「な、なんで」
「オレよりも先に帽子をつかんだから」
「でも、目の前だったし」
「それなのに目の前の段差には気づかないし」
そう言って漆原はにやりと笑った。
「もう、やっぱり迷惑に思ってるんじゃない」
「思ってないって」
唐沢は漆原に背を向けて歩き出した。
「いつもそうだろ」
後ろからそう言われて、唐沢は振り返った。
「人のことばかりで自分の安全には無頓着。今だってどこからかストーカー男が見張ってても気づきもしないだろ」
「…見張ってるの?」
「たとえ話だよ」
唐沢は歩くことをやめて、もと来た道を引き返すことにした。
「帰るの?」
おかしそうに漆原が言う。
「だって、本当に私じゃ気づかないもの。
患者さんが家の前に現れて、初めて自分のうかつさを知ったの。ただ親切に接したつもりだったのに、隙があったのかなって。どこかで自分の住所知られるようなことがあったんじゃないかって。
今だって本当は怖いの。誰にも知られないように何も言わずにここへ来たのに、やっぱり知られてるんじゃないかって思ってる」
唐沢がゆっくりとまた堤防沿いを歩き出したとき、漆原がすれ違いざまに唐沢の頭をぽんぽんとたたいた。帽子がへこみ、ポスポスと音がした。
漆原のその行動の意味はよくわからなかったが、唐沢は叩かれた帽子を直しながら自分が何故漆原を好きになったのかも思い出したのだった。


漆原は医療班の会議に出るために戻っていった唐沢がいない間にサカキバラに連絡をとろうとしていた。
所内は相変わらずがらんとしていた。
サカキバラが手伝いに借り出されたE地区をはじめ、ほぼぐるりと爆発物を使った犯罪が起きていたが、奇妙な偶然もあったのだ。
唐沢とパトロールをした日の地区では、爆発物騒ぎは起きていない。
これは偶然なのか故意なのか。
可能性がある以上検証する必要があると連絡を待っているのだが、いつも面倒そうに折り返してくる電話すらない。むしろサカキバラの性格からしてすぐに電話してきてもおかしくないのに、だ。
何か起きたのだろうか、と思ったとき、緊急連絡を知らせる放送が入った。
『E地区で爆発物の暴発。隊員の負傷2名。直ちに周辺の捜索と緊急配備を要する。なお負傷者はすでに病院へ運ばれた模様で、詳細は不明』
漆原は放送を聞いている最中に電話をかけ始めていた。
「負傷した隊員は…」
「漆原くん!」
片手で待てという合図をすると、駆け込んできた唐沢は黙ってうなずき、机から医療班として必要な物品一式を身に着け始めた。
漆原の電話が終わる頃には準備も済んだらしく、漆原とともに部屋を出ながら心配そうに漆原を見た。
「大丈夫、ハナキさんは無事。あの人はたとえ爆発に巻き込まれても死なない」
漆原がそう言うと、緊張した顔を少しだけほころばせた。

現場へ駆けつけると、付近には野次馬でいっぱいだった。
もちろんその野次馬は写真に撮られているはずだが、漆原の勘が当たっているならば、今までの写真に犯人は写っていないだろう。
サカキバラの無事な姿を見て、唐沢はほっとすると同時に医療班としての任務を努めることに専念しだした。
すでに重傷者は病院に運ばれていたが、飛び散った爆発物の破片で負傷しているものも少なくない。軽傷者は応急手当だけで引き続き任務に当たるから、あちこちで医療班が動いている。
その中でも手早く確実に手当てしていく唐沢を見ながら、漆原は学生時代を思い出した。
見ていると危なっかしいにもかかわらず、本当はずっと唐沢はしっかりしているのだということを知っていた。唐沢は誰よりも一所懸命で、時々その飛び級自体に異を唱えるものもいたが、陰なる努力を知っていた漆原は一笑に付していた。努力もしない人間が唐沢をからかうのは許せず、同じように努力したと自負している自分の特権だとばかりに少しばかりの意地悪を言った気もする。
今となってはそれも子どもっぽい馬鹿げた行動だったという自覚はある。そして、その底にあった想いも。
現場にいち早く駆けつけたのは、やはり同じくパトロール隊員と巡回していた研修中の新人医療隊員ばかりで、医療班本隊は少しばかり遅れをとることになったのだ。
漆原は油断なく周囲を見渡し、サカキバラに自分の考えを伝えてみた。
「今回重傷者が出たのは、結構異例のことなのよ」
「異例?」
「今まで爆発物の威力はたいしたことなかったの。それが今回は周囲にまで広がるほどの威力。加えて解除の難しさがワンランクアップしてる」
「…危ないですね」
「漆原の話を信用するとなると、今回の爆発、あたしを狙っていたのかもしれない」
「ただの偶然じゃなくて?」
「こういうことに偶然という考えはあたしにはないの。あんたにもないでしょ」
「ありません」
「じゃあ、決まりね」
「もしも隊員が爆発物を解除しようとしなかったら?」
「そこがそもそも変でしょ。突然E地区を手伝うことになったあたしに爆発物処理に長けている隊員」
「偶然にしては出来すぎですね」
「マツナガに言って例のストーカー探ってみたんじゃないの」
「マツオカですってば。そんな簡単にはいきませんよ。やつだって探偵でもないんですから」
実際ストーカーをしているとされる人物を探し出すのは容易ではなかった。
データベースを勝手にいじるには漆原に理由はなく、ハッキングも監視されていて思うより難しい。
何より担当地区に住んでいる人物ならともかく、実際にはどこに住んでいるのかというところから探さなければならなかったからだ。
そして何より重要なのは、そのストーカーが防衛軍に入隊した唐沢の行動を何故細かく知ることが出来るのか。
一般人には知り合いにでも聞かなければ、どこで研修を受けるのか、どこを担当するのかまでわかるはずがないからだ。
では、その知り合いとは?
医療班が引き上げていくのを横目で見ながら、漆原は周囲を見張っていた。
それらしき人物は見当たらない。
もちろんそんなにあからさまに見張っているならば、唐沢が気づかないはずはないだろうとは思う。
「唐沢ちゃんは?」
サカキバラの言葉に漆原ははっとした。
「いや、今、医療班に呼ばれて…」
「医療班は?」
「…引き上げた」
「この…大間抜け!!目を放さないって言ったのはおまえじゃないのか!」
サカキバラの罵倒を背に受けて、漆原は電話を片手に連絡を取り始めた。
まさか、という言葉は自分の中で存在していないはずだった。
いや、まだそうと決まったわけじゃない。
逸る気持ちを落ち着かせようと努めて冷静に電話をする漆原を見て、サカキバラが盛大に舌打ちして走り出した。
面倒そうな態度とは裏腹に、サカキバラは熱い人なのだ。
普段はぐうたらなくせに、いざとなると突出した行動力と男よりも生命力旺盛なその姿は、所内でも有名だったりする。
「唐沢?」
『漆原くん?どうし…』
いたって普通の受け答えの途中で電話が途切れた。
これはどう解釈したらいいのだろう。
電話が通じない場所があるとか?
それとも強制的に切られたか?
その人物は、唐沢にとって警戒すべき相手ではないのか。
もう一度猛烈な勢いで無線ではなく再び個人の電話をかけると、怒鳴るように相手に言った。
「マツオカ、医療班のトップ連中の血縁関係を調べてくれ」
『医療班?漆原、おい』
「漆原、乗れ!」
サカキバラがどこからか調達してきた誰かのバイクの後ろを示して言った。
どこからかは深く追求することをやめて、漆原はそのバイクの後ろに飛び乗った。と同時にバイクのエンジン音が響き、その音で周囲の人垣を一瞬にして分けたのだった。

(2010/08/31)


To be continued.