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十二国記:颯淳の物語

第七章




其の一

徴兵所ではおおむね自由な行動が許されていた。
本来兵所には厳しい規律があるものだが、寄せ集めの団体にそれを求めるのはどうも無理なようだった。
ほとんどは農民。それも今まで鍬や鋤くらいしか手にしたことのない力自慢の輩がほとんど。
その無秩序な中でも、一際颯淳たちは浮いていた。
初日に軍の長に匹敵するほどの力を示したつわものとの評判。
もちろん颯淳と彩世では剣技に差があり、本来なら同じ軍に留まれるはずはなかったのだ。
実践で磨いた正確な弓矢の腕は決して正規軍に劣るものではないが、やはり力では男の真騎には及ぶものではない。
長は初め、颯淳たちをそれぞれ分けて他の軍に組み込もうとした。
しかし、彩世と壁白が頑としてそれを拒否したのだった。
困ったのは軍の長たち。
徴兵所には現在四つの軍を組織していたが、どこの軍の長も颯淳たち四人を引き受けるのを渋った。
軍の長たちは扱いかねた颯淳たち四人をさっさと征州へ送り届けることにしたようだった。
新王軍の本拠地は征州。
成り行きで徴兵所へと足を踏み入れた四人にとって、本拠地へわざわざ行くのは本意ではない。

「俺たち、征州へ行くんじゃなくて、できればこのまま留まりたいんだけど」

真騎は徴兵所の最高責任者である兵長にそう訴えた。

「いやしかし」
「どうせ金波宮落とすつもりなんだろ。だったら、いまさら精鋭の集まってる征州軍のところなんかに行かなくてもいいんじゃないかと思うんだけどよ」

兵長は四人の顔を見渡してため息をついた。

「…勝手にしろ」

それだけをつぶやいて、後は何も言わなかった。
そう、どうせこの四人を抑えられるほどの剣の使い手はいないのだ。暴れられるよりは、好きにさせたほうが楽に違いない。少なくとも荒くれた者どもよりは、随分とおとなしいのだから。

そんな兵長の考えを読み取ったのか、四人は微笑んで顔を見合わせたのだった。

「でも、本当にどうする?」

颯淳は弓のしなり具合を調節しながら、壁白を見た。
なんだかんだと文句をつけても、壁白が行く先を決めてきた。
彩世や真騎が横から意見を入れつつ、ここまで一緒に旅してきたのだ。

「どうするって…。そうだな」

壁白が口を閉じたところで彩世が楽しそうに笑った。

「…お前がその笑いをする時は、何か企んでいる時だよな」
「企んでいるだなんて、失礼ね、壁白様」
「いいよ、その前置きは。言ってみろよ」
「さすが真騎様」

真騎が影でこっそりため息をついたのを颯淳は見ていた。

「南のほうに行ってみたいのよね」
「俺、いまさら巧国は嫌だな」
「そこまで行かないわ」
「じゃあ、どこまで行くんだよ」
「うーん、ちょっとそこまでって感じかしら」
「だから、そこまでってどこまでって聞いてんだよ」
「あそこまで」
「…いい加減にしろ」

真騎と彩世の不毛な会話は、壁白の一言でようやく収まった。

「彩世、お前がそう言うからには面白そうなところと解釈するぞ」
「まあ、そうとっていただいて結構よ」
「わかった。当てもないし、今から行こう」
「今から?」
「真騎、このまま残って待っていると言うなら俺は止めない。どうせまた戻ってこないと地理的に村にも帰れないし、残っても軍にこき使われるだけだしな」
「何だよ。行かないなんて言ってないだろ。壁白はそういうところ冷たいよな」

ぶつぶつ言いながら、真騎も旅支度を整え始めた。
颯淳は何も言わなかったが、黙って先に旅支度を整え始めたのを見て、壁白はそれで納得したらしい。
もともと旅を続けてきた四人である。
さほど整える荷物もない。
すぐに荷物を携えて徴兵所を抜け出した。

正直颯淳はほっとしていた。
徴兵所は、あまり馴染めなかったのだ。
男所帯というには、若干女も混じっているので、厳密には違うのかもしれない。
今までさほど女扱いされたことがないのに、かえってここでは周りが自然と女扱いをしてくれたのだ。
官吏にしろ兵役にしろ、男女に役職の差はない。むしろ力さえあれば何にでもなれるのだ。
国王でさえ男女の差はない。麒麟が選びさえすればいいのだから。
ただ、今の慶には女が少ない。
おまけに女王には不運と来ている。
見た目にも女らしい彩世にとっては、女扱いされることなど慣れっこのようだが、颯淳は男に間違われるほうが多かったせいで、自分もそのつもりでいた。
行動を共にしてきた壁白と真騎にいたっては、仕方なしに女と認める程度の態度だ。
それなのに、里で所帯を持つように誘う者まで出る始末。
彩世はあっさりとうまくかわしていたが、颯淳は冷や汗をかきながら何とか断るのが精一杯だった。
それを知った壁白と真騎はお腹を抱えて笑った。

「いくら女が少ないからと言って、彩世や颯淳がおとなしく里で畑を耕すように見えるか〜?」
「全く、女なら誰でもいいのかもな」

などと失礼極まりない言葉を吐いた。
もちろんその後は彩世に思いっきり殴られるのだが。
そんなこともあって、徴兵所を出たときは心底ほっとしていたのだった。

真昼間に堂々と抜け出したので、誰も疑いはしなかった。
途中会った徴兵所の仲間には、南のほうで暴れているやつがいるので収めに行くと偽った。
仲間は素直にそれを信じた。
ややそれには良心の疼きを覚えたが、壁白が何の顔色も変えずにそう偽るのを聞いて、颯淳はやはり腹黒さでは壁白が一番かもしれないと思うのだった。


(2006/09/12)



其の二

徴兵所を抜け出してから、のんびり旅は続いた。
そこそこで小競り合いがあり、新王派と偽王説派に分かれているようだった。
あまりにひどい諍いには巻き込まれ、結果として暴れている奴等を止めることになり、偽りが真になった。
彩世の言う南の方は、どうやらどこかの村の話であるらしく、それも奇妙な噂であった。
その村までは早くて五日。
小競り合いを諌めていたせいもあって、七日はかかるだろう。
実際は十日目にしてようやくその村の入り口にたどり着いた。
旅慣れた颯淳たちでなかったら、もっとかかっていたかもしれない。
その村はひっそりとした森と竹やぶに囲まれ、彩世の話がなければ見逃していただろう。
それにここを訪れるには山を分け入らねばならず、その間妖魔に全く襲われずに済むのは考えられない話だった。
いったいこの村はどうやって安全を保っているのだろう。
四人は村の入り口を抜け、村の中へと足を進めた。

村は思ったよりも住居が立ち並び、住居の向こうには田畑が広がっているようだった。
それよりも異様なのは、そこに居並ぶ人々は全て女だった。
慶ではあの予王が出した布告のせいで、慶から女は追い出されたはずだった。
その女たちがすべてここに集まっているのだろうか。
颯淳は珍しそうに自分たちを見ていた女の一人に声をかけた。

「この村はなぜ女の方ばかりなのですか」

妙齢の女は少し微笑んで応えた。

「予王のせいに決まってる。
あたしたちは、巧国へ流れる途中でここを見つけた。
最初に誰が村を興したのかそれは知らないけれど、ここは誰が国を治めようと関係ない。あたしたちはあたしたちだけで暮らしている。ここを出て行くのも留まるのも自由。
これ以上不幸な女が増えるのは哀しいけどね」

颯淳は伝えようか迷った。
伝えたほうがいいのだろうか。予王はすでに崩御したことを。
思わず他の三人を見る。
三人とも困った顔をしている。
いつもすぐにしゃべりだす真騎でさえも口をつぐんでいた。
それでも、ようやく壁白が口を開いた。

「予王はもう亡くなったんだ」

壁白の言葉に女は息を呑んだ。

「それなら、あの馬鹿げた勅命もなくなった?」
「…さあ、それは」

勅命は、出したその本人が亡くなった時点で無効なのか、それともきちんと書面にて取り消しをされなければ無効にならないのか、さすがに壁白でもわかりかねたようである。
しかし、事実くだらない勅命などすでにあってなきが如し。
布告としては既に別のものが出されている。
今慶にいる女が追い出されたと言う話も聞かない。
おまけに官は新王との抗戦で忙しいはずだ。

「ふうん、まぁ、どちらでも関係ないわ。この村は国に管理されていない。自給自足で税も納めていない。
予王が亡くなったと聞けば村へ帰る女もいるだろうけど」
「そうか。申し訳ないが、今夜一晩泊めてくれる家はあるだろうか」

女が中央に建っている家屋を指差した。

「この村に来た者は大抵あの家に泊まるよ。もっとも男はここ半年程泊まった事がないからわからないけどね」
「ありがとう」

壁白は丁寧にお礼を言って、女が指し示した家へ向かうように他の三人を促した。

「新王が起つかもって言わなかったんだな」

真騎はぽつりと言った。

「真実新王だと言い切れないからな」
「新王のはずがないわ」

彩世が自信たっぷりに言った。
しかし、それには颯淳も同じ意見だった。
勘とでも言うのか、何かが違う気がする、と。

粗末ながらも広々とした建物の中に入ると、やはり女たちが立ち働いていた。
中に入った颯淳たちを見て、一人の女がこちらに顔を向けた。

「申し訳ないのですが、今夜一晩泊めていただけないでしょうか。
あ、もちろん男がだめなら、この二人は村の入り口にでも用心棒代わりに行かせますので」

彩世の言葉に引きつった顔をしながら壁白と真騎が小声で唸った。

「さすが彩世。容赦ないな」
「…ひでえな。俺らを寝かさない気かよ」

そんな男どもの心配をよそに、中の女たちは愛想よく「どうぞ」と奥の方へ勧めてくれた。
ほっとして中へ足を進めた所、「颯淳さん?」と声がした。
颯淳はゆっくりと顔を上げた。
その顔は、あまり馴染みのないものだった。

「覚えていませんか?都城(みやき)です」

颯淳はやっと思い出した。
花永のいた村に行く途中の街道で一緒に盗賊を倒したのだ。

「あ、ええ、覚えています」

戸惑う颯淳には気づかないように、都城はただ再会を喜んだ。
あの頃の颯淳は、必要以外しゃべらない、無愛想で心から笑うことなどしなかった。
それを思い出し、颯淳は少し胸が痛んだ。
姉と別れて、ただ生きてやろうと思っていた日々。
今は少しだけ進歩した。
ただ生きている日々から、何かを成そうと思う日々。
だから、臆せずに笑うことにした。

「私もあれから結局巧国まではたどり着けなくて、この村にお世話になっていたのです。
ここでは旅で訪れた人々のお世話をさせていただいています」
「…私は、今もこうしてあちこちを旅していて」

それ以上颯淳は言葉にできなかった。
まだ何も見つけてはいない。
その先を察したかのように、都城は微笑んだ。
颯淳たちに座るように勧め、どこからか茶を運んできた。
颯淳たちが落ち着いたところで、同じように向かい側に座って話し始めた。

「再びお会いできるとは思っていませんでした。
さあ、今夜はゆっくり休んでください。もちろん男の方もご一緒に」
「いいんですか?この二人も」

思わず隣に座っている壁白と真騎を指差した。

「ええ。だって、どちらかは颯淳さんの夫なのでしょう?」

お茶を飲みかけていた四人が全員でむせた。
それぞれが苦しそうにむせているのを見て、都城は不思議そうな顔をした。

「だ、誰が…ごほっ」
「夫…夫…ぶはっ」
「何っ…で、俺がっ…」
「じょ、冗談…うえっ…きつっ…」

確かにそう勘ぐられる事もしばしば。そのほうが都合のいいことや便利のいいこともあった。
しかし、それはあくまで旅の仲間としての信頼があってこそである。
おまけに幼い頃からの知り合いという気安さももちろんあるが。

「…違ったのですか」

都城は新しいお茶を運びながら、笑った。
尋常ではないむせ具合と心底嫌そうな面々。
さすがに恐縮して「勘違いしました」と詫びた。
この村で作っていると言う米菓子を勧めるので、それをいただきながら夜は更けていった。


(2006/09/15)



其の三

結局、女ばかりの村の中で、肩身を狭くしながら壁白と真騎は就寝した。
もちろんそばには監視のように彩世と颯淳が囲んだ。
本当に壁白たちが何かすると思っているわけではないが、ここにいる数多の女たちが安心するように配慮したまでだ。
当の二人は、こんな思いをするくらいなら野宿するべきだったと思ったようだが。

翌朝、颯淳たちが起き出して村を散策してみると、昨日の予王崩御の話は、既に村中に広まっているようだった。
それでも女たちが村を出る様子がないのは、ここを安住の地としたからだろうか。
男手がなくても、女たちだけで村は動いていく。
腕に覚えのある者が警備にあたり、力の要る仕事は複数であたる。
国府も何もいらない。

颯淳は考えていた。
王とは何だろう。
天帝は今も私たちを見ているのだろうか。
では、なぜあんなにひどい王を野放しにしておいたのだろう。
失道していた塙麟は、どうしただろう。
王が斃(たお)れるたびに荒れていく国。
民はいつも災厄に耐え、我慢するしかないのか。
幼い頃、父を亡くした川の氾濫は、直すべき堤防が放置されていたのも原因だった。
その氾濫をもたらした災厄は、王の行状によるものだった。
…私には力がない。
王にもなれないし、官吏にもなれない。国を守るどころか、身内の姉さえ守れなかった。
このまま王が起たなければ、慶はもっと荒れるだろう。
人々は田畑を耕しても、天の采配ひとつで流され、お腹を満たすに十分な食料さえ手に入れることも難しくなる。
里に人はいなくなり、手入れするべきところもますます荒れていく。
妖魔ははびこり、戦うすべもない人々は逃げ惑うのみ。
お願いだから、どうか、この国を救って欲しい。
今はまだ見ぬ新しい王に、そう懇願する。
颯淳のように家族と離れて暮らさなくてもいいように。
お腹一杯食べられる日々を与えられるように。
もしも新しい王がそれを与えてくれるなら、多分颯淳は何を置いても王に従うだろう。


ひと通り散策した後、四人はその村を後にすることにした。
この村は新王が誰になろうと変わることはない。ただ日々を穏やかに過ごせるようにするだけだ。
颯淳は少しうらやましかったが、自分がいるべき場所ではないと感じた。
何ができるわけでもなかったが、何かを成さねばならないという気持ち。
それでも、見に来てよかった。
都城は別れ際に小さな竹細工のお守りをくれた。
今度こそもう会えないかもしれないが、会えてよかったと。
颯淳は同じように自分の腰につけていたお守りを渡した。
最初に旅を決意してから里祠で勝手にもらったものだった。
随分長い間颯淳の腰に結び付けられて、決してきれいなものではなかったが、それでも都城は受け取ってくれた。
いまさら思う。
姉にもこんな風に別れを惜しむべきだったのだ。
だから、いつまでも心のどこかで引っかかったまま、罪悪感を抱いていた。
一緒に住むようになってからの二人は、仲がよいとは言いがたかったが、あの洪水の日までは確かに姉に対する親愛の情があったのだ。
颯淳の手を握った姉の手を覚えている。
それに、母を恨むべきではなかった。
記憶をなくした母を、無言で責めたのは颯淳も同じだった。
誰の咎でもないものを。
暖かく抱きしめられて育った日々を忘れてはいないというのに。

「私はなんて愚かだったのだろう」

村を出て颯淳はそうつぶやいた。
その独り言は、笹と草を踏み分ける音に紛れた。
そっとつぶやいた言葉は、誰にも聞かれることなく落ちていったことに颯淳は安堵した。
同じく草を踏みしめて歩く仲間。
彼らはいったい何を思っただろう。
そして、これからどうするつもりだろう。
壁白と真騎は、村へ帰るだろうか。
彩世は、何かをもう見つけただろうか。
彩世には鍛治師としての腕がある。それこそうまくいけば、冬器(ぶき)を作る冬官府にだって入れるかもしれない。それを彩世が望めば、の話だが。
颯淳は何度か村のほうを振り返りながら、山を降りていった。

颯淳と肩を並べて歩いていた他の三人は、颯淳のつぶやきこそ聞こえていなかったが、これからの自分の行く先を考えていた。
徴兵所も出てきて、いまさら戻ることも考えられなかった。
追ってなぞかかるわけがない。兵士たちは新王擁護のために動くことが精一杯なのだから。
それでは、このまま当初の目的どおり村へ戻るか。

そんな風にそれぞれが逡巡していたせいか、音もなく滑降してくる二匹の獣には気づかなかった。
遥か遠くから、颯淳たちを見分けることができたのは、何よりもあの黒い瞳のお陰だと気づくには、今しばらくの時間が必要だった。


(2006/09/18)



其の四

「おおーい」

どこからか遠く、呼び声が聞こえた。
まさか自分たちを呼んでいるとは思わず、遥か先の街道に目を凝らした。

「おおい、壁白、真騎、彩世、颯淳」

紛れもなく四人を呼んでいた。
振り返ったがよくわからず、仰ぎ見たところに騎獣に跨る人が見えた。
いや、正確には人と半獣。
もっと正確に言えば、どちらも人ではない。
あろうことか、片方は麒麟、だった。

豆粒ほどだった人影は徐々に姿を現し、四人は思わず後ずさりするほど驚いた。
楽俊は、わかる。
しかし、その連れが何ゆえ麒麟なのか。
金の鬣と思われる髪を揺らし、目の前に現れた意外に小さな人影。
雁国の麒麟、延麒だった。

「今からどこへ行くんだ?」

心配そうに聞く楽俊は、立派な騎獣に乗っていた。
延麒と一緒にいる以上、延麒の騎獣かもしれない。

「どこって、さほど決まってはいないけれど」

楽俊と延麒は顔を見合わせた。

「それなら征州には行くな」
「…言われても行きたくはないなぁ」

真騎は頭をかきながら答える。

「それは、新王軍との動きに関係あるってことか」
「まあ、そういうことだな」

壁白の疑問に延麒が答えた。

「それがどうして楽俊に関係あるの」
「ああ、それは…」

彩世の言葉に楽俊は少し言葉を濁す。

「隠しても仕方がないだろ」
「そうは言っても…」

延麒は楽俊を促す。

「…本当の新王が見つかった?」

颯淳の言葉に楽俊と延麒は振り向いた。

「そうだ」

延麒はうなずく。
ああ、やはり。
颯淳は一人つぶやく。

「慶王は、陽子なのね」

颯淳が言うと、壁白はなるほどとつぶやいた。

「よくわかったな」
「おいらも驚いた」
「うん。あれほどしつこく塙王が追いかけていた、それはなぜだろうとずっと思っていた。海客は他にもたくさんいるに違いないのに。
言葉も通じたみたいだし、それに、陽子はどこか違った。もちろん違うとは言っても、私のただの勘だけれど」
「それにおいらが来たとなりゃ、確実とみたかぁ」
「おまけに麒麟まで、ね」

麒麟が楽俊と一緒にいる。
ただの半獣が、麒麟と知り合う機会などそうそうあるわけがない。
おまけに陽子はいなくて、新王の動きに注意しろと言う。
陽子は、きっと新王に選ばれたに違いない。
なぜかそう思ったのだ。
力強い緑の瞳を思い出す。
雁国で会ったときは、見違えるほど雰囲気が変わっていた。殺伐とした感じはそぎ落とされたようだった。
陽子も何かを見つけたのだろうか。

「陽子は雁国で戦の準備をしている。
俺たちは、偽王軍についている州候を説得して回っている。
徴兵所があると聞いたから、そこものぞいてみようかと思ったんだ」
「そうしたら見慣れた姿があったんで、おいらが寄ってもらうように頼んだんだ」
「俺たちも徴兵所には少しの間いたんだ」

真騎は勢いこんで言う。

「そのようだな」
「おいらたちが行った時には、四人組の噂で持ちきりだったぞ」

四人は顔を見合わせて笑った。

「それで、俺たちは何をすればいい」

壁白はそう言った。
多分、そういうことなのだろう。
颯淳たちは多少腕に覚えはあり、偽王軍に加担しているわけでもなく、陽子を知っていて、説得次第では味方になると踏んだはずだ。

「話が早いな」

延麒は感心したように言う。

「陽子たちと一緒に戦うわけにはいかないわよね」

彩世が少し残念そうに言う。

「このまま新王擁立について話を広めてくれればいい」

民の間から噂は広まる。いつでも。
今州候たちが大事に囲んでいるのが偽王だとわかれば、きっと混乱する。
それでも偽王軍が圧制をかけるならば、自分たちが排除すればよい。
わざわざ自分たちを見つけて寄ったくらいだ。きっと人手は足りないに違いない。

「説得に応じた州候は、軍を出すのをやめる?」

颯淳たちは考える。
自分たちならどうするだろう。

「様子を伺う、か」

壁白の言葉に、多分そうなのだろうと颯淳も思った。
陽子の味方になるのもまだ早い。しかし、遅れては困る。
陽子の下に新体制が敷かれたときに有利になるように。
偽王軍が不利になったのを見極めて、陽子たちの軍に加わるはずだ。
それとも、延王を見たらその心変わりももっと早いかもしれない。
だから、下から固める。
州城よりも遥か下、自分たちと同じ国民から説得していけばいい。

「陽子たちが雁国禁軍と共に征州の州城を急襲し、とりあえず景麒を助け出す。今はもうその準備に入っているから、壁白たちがちょうど街に着く頃には、景麒を助け出せてるといいんだがな」

延麒の言葉に違和感があった。
景麒を助け出す。
それがひどく不似合いだった。

「麒麟…景台輔が捕らわれてるって?」

颯淳は思わずそう問うた。
麒麟はそれほどに弱いものなのだろうか。
麒麟が偽王軍に捕らわれているならば、一刻も早く助け出したいのは当然だろう。

「そうだ。どうやったのか知らないが、逃げ出すこともできないらしい。
…もっとも、俺たち麒麟は血の匂いには弱い。拘束しようと思えばすぐにできるが、常に使令が守っている。
だから、それでも逃げ出せないのは、相当弱っているのかもしれない。
まあ、どちらにしても、かなり時間がかかるのは間違いない」
「わかった。俺たちは、これからもう一度堯天へ向かう。必要があれば…戦うしかないな」

壁白の言葉に、四人は決意を新たにしてうなずいた。
またもや天空へと去っていく姿を見送り、四人は堯天へ向かって歩き始めた。

何も成せないかもしれない。
それでも、自分を必要としている者がいる。
だから、今はとりあえず歩いていこう。
颯淳は、街道を目指して歩き始めた仲間たちを見て、何かが変わっていくのを感じていた。


(2006/09/20)