ナースな日常2

11.クリスマスの夜

看護師4年目になるクリスマスイブのことでした。
私はその日深夜勤入りで、病棟に着いたのは12時過ぎでした。
クリスマスだからと言って張り切って休みを入れるタイプではなかったので(なぜなら、その頃マイダーリンと会うのは二人が休みの日曜か土曜だけだったので)、むしろクリスマスでも平気で仕事していました。
ナースステーションに入ると、準夜勤コンビの先輩と後輩が大きなため息をつきました。クリスマスだから、と言うわけではなさそうです。
しかも、なんとそこに夜勤婦長(しかも、恐れられていた婦長のうちの一人…)と当直でもない医師が来ていた上に、同じようにため息をつきながらなにやら書類を記入しているではありませんか。
「…何か、あったんでしょうか」
恐る恐る聞くと、先輩は私の肩をがしっとつかみ、聞いてくれる〜?と半泣きです。
患者のBさんが就寝の後、同室の患者さんから戻ってこないと連絡を受け、捜していたそうです。
そのBさん、昼間から少し様子がおかしいので主治医ともども注意していました。
病気はもう山場を越えたというのに、なにやら大きなため息とそわそわと落ち着かない様子。
その様子は同室の患者さんも感じていたようで、トイレだと思って出て行ったBさんが戻ってこないので、わずか30分ほどで夜勤の看護師に知らせが入ったのです。
もちろんすぐに病棟中捜し、少し大げさかと思いつつ夜勤婦長に連絡し、守衛さんに連絡し、もちろん当直医と主治医にも。
準夜勤は二人しかいなかったので、遅出の看護師を引きとめ、守衛さんに病院中を巡回してもらい、連絡を聞いてやってきた主治医も捜し、夜勤婦長と先輩が捜し、それこそ寒風吹き付ける広大な病院の敷地の横にある池の淵を捜し、林の中も捜し、それでも見つからずに病棟にもう一度戻って、非常階段をもう一度のぞいたとき…。
夜勤婦長と先輩がぶら下がっている足を見つけました。
思わず夜勤婦長が「ひっ」と声を出したのは、仕方がないのかもしれません。
先輩は驚きのあまり懐中電灯を一つ階段の上から落として壊してしまいました。
寝巻きの紐で階段の手すりに器用にくくりつけられたBさんは、とても息があるようには見えませんでした。
それから…、警察を呼び、現場検証が終わってからやっとBさんは降ろされ(すでに息がない場合、不審死の場合は警察が来るまで触ってはいけないという決まりがある)、家族が駆けつけました。
本当に、あと少しで退院の目処がついていたと言うのに、家族は呆然でした。
主治医と看護師はひたすら頭を下げることしかできません。
…ただ、家族が言うには、少し前から死にたいと言っていたといい、今更ながらそれをお知らせしておけばよかったと話されました。
いえ、何か様子がおかしいのは医療者側も気づいていたので…とは言うものの、いったいどこまで見守っていればよいのか難しいのです。
同室の患者さんも同じように心に傷を負ってしまいました。
周りの人は皆、自分がもう少し注意していれば…と思うことしかできません。
そして深夜勤の私に引き継がれることになりました。
その日は日曜日。
病棟婦長は来ないので、病棟の責任者は深夜勤リーダーの私になるのです。
朝、さまざまな手続きを引き継いだ私は、夜勤婦長と共にBさんをお見送りしました。
首のあざをスカーフで隠し、顔のうっ血を化粧で隠しましたが、遠い隣の県まで帰っていかれた家族の気持ちを思うと、胸の痛くなる思いでした。
今でも、クリスマスに仕事をするとBさんのことを思い出します。

(2004/11/25)

12.自殺の名所

「クリスマスの日」にも出てきましたが、大きな病院と言うのも良し悪しです。
自然が残っているのも良し悪しです。
まず、病院の横に農業用のため池があります。年に一度くらいは入水する人がいるので、要注意です。それも夏ではなく、必ず冬。入水して寒い、と救急外来に来る未遂の人もいます(…おい)。
大学棟へと続く小道には、ちょっとした林もあります。なんとなく紐をかけてみたくなるようです。
病院の建物は高いです。もちろん屋上には簡単には乗り越えられない金網つきです。病室の窓はわずかしか開きません。それでも、どこかしら場所を見つけてダイビングを試みる方はいらっしゃいます。
一番の被害は事務室。一度誰かがよじ登ってダイビングしたものの、真下は事務室の天窓だったことがあり、大きな音と共に割れて飛び散ったガラスは負傷者も出て、危うく新聞沙汰でした。
夜勤の看護師が敷地内の寮の裏の松の木に揺れる人影を発見して腰を抜かした話。
…他にも場所は山ほどあるのに何もこんなところで…と言うのは不謹慎でしょうか。
もちろん病院に入院している以上、病院の責任です。
ご家族の怒りももっともです。
私たちだってそんなに命を粗末にしないでほしいと声を大にして言いたいです。
そして、そのたびにあの病院、一部地域でどんどん有名になるのです。
夜、寮生はいつもびくびくしながら寮への帰り道を急ぎます。
それは痴漢とかのせいではなく、風に揺れる人影だとか、池に入る人だとか、余計なものを見たくないためだったりするのです。

(2004/11/25)

13.ナースコール

病院にあるナースコールですが、押すとナースステーションにつながるのはご存知でしょう。
ナースステーションでは、誰が押したのかわかりますが、何で押したのかは当然わかりません。
話せる患者さんはその場で用事を言ってくれることもありますが、言えない患者さんの場合は直接訪室するわけです。
ナースコールを知らせる音は、機械によっていろいろあるようですが、私が勤めていた病院のは機種が古いのか、ピコーンピコーンとまるでウルトラマンのタイマーのような音とエリーゼのためにの音楽しか選択できませんでした。…なので、私はエリーゼのためにの曲が嫌いになりました。

さて、ナースコールは看護師を呼ぶものであるのは明白です。
できれば、用事があるときに呼んでほしいと思うわけです。
とある高齢の男性の患者さんの場合。
入院したその日に、ナースコールをつかむや、機嫌よく歌い出しました。
「一番、矢切の渡しを歌います」
…マイクにもなりますが、カラオケのマイクではないので、できればご遠慮を…。
とある高齢の女性患者さん。
「さみしいの〜」「だーれーかー」「ここはどこですか〜」
はい、寂しいのもわかりましたし、ここは病院なんですが、夜中にか細い声で叫ぶのは怖いのでほどほどにしてください…。
それも立派な用事ではありますが、握り締めたまま鳴らしっぱなしで寝るのは(ナースコールが壊れるので)できればやめてほしいです。
とまあ、こんな感じで夜中に呼ばれ続けることもあります。

私は夜勤明けで実家に帰った折に寝ぼけて、かかってきた電話で「はい、どうされましたー?」と返事をして母の知り合いを驚かせたことがあります。
別バージョンでは「はい、○○病棟です」というのもありました。
電話相手としては、どうされたもこうされたもないんですがね。

最近のドラマ(2004.11)で、かなり新しい液晶タイプ、コンピュータ制御のナースコールを見ましたが、あんないいものはきっと元同僚もお目にかかったことはないに違いない。
ナースコールもどんどん変わるんですね。
変わっても、コールがエリーゼのためにだったら、それはすごく嫌だな…などと思ってしまう私でした。

(2004/11/25)

14.エマージェンシー

エマージェンシー、『緊急事態』です。
文字通り患者さんが急変した場合に飛び交います。
患者さんが急変するのはすごく嫌なんですが(何せ生きるか死ぬかの瀬戸際)、緊急処置は割と好きなんです。
だからと言ってICUに行きたかったとかはありません。
たまの処置だからいいんです。
毎日緊急事態に立ち会っていたら、正直私の神経が持ちません。
できれば患者さんは何事もなく無事に過ごしてほしいのです。
ではなぜ緊急処置が割と好きなのか。
それは、処置をしているときのアドレナリン出まくりの血沸き肉踊る感じが好きなだけです。こうして書くと変態っぽいんですが…。
もともと呑気者の私はよく言えば仕事中は冷静ですが、仕事以外ではかなりの抜け者です。
その分、何か緊急事態が起こると、自分を叱咤激励してなんとかその事態に向き合おうとします。
その状態が普段では味わえないようなアドレナリン出まくり状態になるわけです。
そして、処置がうまくいったときの充実感といい、疲労感といい、結局は自己満足なんですが。
反対に、うまくいかずに患者さんが不測の事態になろうものなら、疲労感は倍になるわけです。
その差は激しく、神経をすり減らすため、できれば緊急事態に会いたくはないわけです。
もちろん手は震えることもあるし、患者さんが目の前で死にかけていたりするわけですから怖いです。自分のミスがあっという間に患者さんの命をそのまま奪うことになりかねません。
しかし、看護師としては腕の発揮しどころでもあったりするわけです。
医師の指示通り、もしくは指示を予想して動き、必要な物品を用意し、薬剤の準備をし、後輩がいれば指示してうまく動いてもらうこと。医師や他の看護師との連携。
今までの自分の経験と知識をフル回転です。
患者さんにしたら、こんなことを考えているのは不謹慎なのかもしれません。
でも、患者を救おうと奮闘すること、それ自体はなんら恥じることのない行為です。
処置中は、かなり神経が研ぎ澄まされていて、ほんの些細な変化に気付けるように集中しています。
そういうわけで、本当の緊急時に空回りしそうになる自分に、勇気を振り絞って立ち向かえるように努力するのです。
努力することは嫌いではありません。…ただ、続かないだけで。
そして、努力してできるようにがんばる自分は好きです。たとえ、その努力が無駄に終わったとしても。
できることなら、自分を嫌いになりたくはありません。自分だけは、自分を好きでいてあげたいのです。
それはいろいろな場面で思うことですが、私の場合、看護師としての自分は自分自身を叱咤激励する一つの手段でもあります。
だからこそ、私は緊急処置が好きなのかもしれません。

(2004/11/29)

15.浮かれナース

やはりクリスマスだとか盆や正月だとかいう日には、できれば家で過ごしたいし、家族や恋人と過ごしたい。
そう思っても、入院患者がいる以上誰かは働かねばなりません。
夏休みは7月から9月の間に5日間、正月休みは12月から1月の間に6日間取れます。ゴールデンウィークは暦どおりです。
これをうまく深夜勤だとか準夜勤だとか土日をうまく組み合わせて長期休暇をとるか、小出しで取るか希望を出す時期があります。
夏休みは5月、正月休みは10月頃です。
そんな先の予定など本当はわからないんですが、適当に入れるか狙って入れるかで攻防が繰り広げられます。
よほど希望者が多い時は、帰省者が優先。その次は家族持ちが優先です。
それでもどうしても休みを勝ち取りたい人は、先輩を押しのけてくじを引いたりもします。
旅行に行く人はかえって休みの時期をあえてはずすのですが、クリスマスなどのイベントになるとこれは逆に難しくなります。
やはり既婚者より未婚者の多い職場でしたから、クリスマスは競争率が激しいのです。
正月は特別手当が出るので、旅行に行く人や予定のない人は進んで仕事したがりますが(しかも患者も少ない)、クリスマスに出るわけがない。
私も時々くじ引きに参加していましたが、土日にしか意味がないのでさほどこだわりませんでした。もしくは深夜勤を入れてみたりとかしていました。

多分2年目くらいだったと思いますが、クリスマスに夜勤にくると、巡視をしている先輩を見つけました。
ところが、頭が妙です。ナースキャップがありません。
代わりに乗っかっていたものは、三角帽子でした…。
紙でできた円錐形で、その天辺にきらきら輝く房をつけた、あれです。
くじ引きで負けた先輩の考えそうなことです。
そこは廊下でしたので、小声で「何やってるんですかー」と聞くと、個室の患者と盛り上がっていたと言うではありませんか。さすがにクラッカーを取りだした時は止めたそうですが(当たり前だ)。
休憩室には差し入れのケーキもちゃんとありました。
ノンアルコールのジュースシャンメリーも。
よほど悔しかったんだなーと思った覚えがあります。
ちなみにその奇行は後に患者さんの間で噂になり(決して悪い噂ではなかったようですが)、婦長さんから三角帽子禁止令が出ました。

(2004/12/13)

16.お正月

お正月前になると、患者さんはそわそわしだします。もちろん医療関係者も。
外来が休みになる12/29から1/3までが病院の休みになります。なので、12/28と1/4は半日勤務になります。
年末近くになると、退院できそうな患者さんはこれを機に退院したり、一時外泊を許可されたりします。中には年明けにまた入院になる人もいますが。
外泊もできなかったりするのは、やはりベッドや部屋の中から動けない重症患者さんと治療が組み込まれている患者さんになります。
どうしても外泊したい患者さんの中でも、場合によっては毎日外来のように点滴だけに帰ってきたりします。
一病棟の規模にもよりますが、大体35〜50人くらいの患者さんがいますので、正月の間だけ総数30人、在院数10人とかの報告数はかなり楽になります。
もちろんそのうち目の離せない患者が半数になりますが。
そう、満床のときは50人あまりの患者を夜勤の時は2人で見なければならなかったりするのです。
そして、休日扱いの日々が始まるわけですが、日勤者数(遅出や早出も含む)3人ほどで手分けして看護処置を行います。
休みといえど、患者さんはお風呂にも入りたいですし、入っている管類の消毒などもいつもと同じように組まれています。
何事もなければ静かで、かえっていつもよりゆっくり患者さんに接することができます。
入院は、正月でも関係なく緊急であったりします。いや、休みだから、緊急なんですね。
そんな風に過ぎていきますが、正月にうれしいことは二つあります。
1/1〜1/3までの勤務には特別手当が出ることと、おせち弁当が出ることです。
おせち弁当はもちろん手の空いた人が時間までに食堂まで取りに行かなければなりませんが、時々もらいに行くのを忘れて泣くこともあります(もちろん食堂の調理師さんは待っちゃくれませんからね)。
そして年明け、日勤者は相次ぐ入院予定者(退院した分ですから1日5人以上あったりもします)に追われることになるのでした。

(2004/12/26)

17.不思議ちゃん

どこにでも不思議ちゃんはいるものです。
今回の話は患者さんではなく、後輩の話です。
正直、看護師ネタではありません。…それを心得た上でお読みください。

2つ下だった彼女は、学生のときからかなり不思議ちゃんで名を馳せていたようです。
一緒にいるとかなり面白いんですが、疲れもします。人と感覚がずれているからかもしれません。
そんな彼女がなぜ看護師になったのかそれもまた不思議で、何度聞いても理解できなかったのでここにあげるのをためらうんですが…。
要は、看護師になるのが一番自分にとってありえないので、なってみようということだったんですが…、間の話、すっごく省略してます。
こうして書くとまだまともな理由に見えますけどね。
看護師としても能力自体は、決して悪くないです。指示通りやれますし、大きなミスもないし、話すことが時々理解できないだけで(笑)。
まず、普段からして、結構あっちの世界に行ってます。
ボーっとしてるときに話しかけると、1分以上経ってから「あ、あっちの世界にいってました」と返してきます。
あっちの世界ってなんだよ、一体…。
返事を待ってる身に1分は結構長いです。慣れてくると即答は期待しなくなります。
ご飯を食べに行こうといったときも、それぞれたとえばイタリアンとか言う中で、一人だけ「東京の○○の××が食べたいなー」とか言うわけですよ。
それが単なる願望ならいいんですが、やつは本気でしたよ。
今から行くんかい!と何度突っ込みを入れたことか。
返事はもちろん「今から行くと〜、新幹線で行けば間に合うかなー」とか…。
本気かい!!
そんな彼女でしたので、患者さんには「あの子、変わってるねぇ」と聞かれることもしばしば。
でも、おもちゃ的存在で、よくご飯食べに連れて行ったりとかしてました。
この話を読んだとしても自分のことだと気付くかどうか…(笑)。

そんな彼女もある日一目ぼれをしました。
それはもうメロメロになりまして、いつものボケに色ボケが加わり、仕事になりません。
それまで仕事だけはきっちりやっていたのに、それすらもできなくなる始末。
そんな彼女をかわいいと好いてくれた人がいたことは喜ばしいのですが、仕事しろよーと何度忠告申し上げたことか。
そのうち、仕事に突然ぷっつりと来なくなりました。
勤務に来なくなると非常に困ります。夜勤の人数が確保できないわけです。
同期に聞いても連絡が取れない。私が訪問しても寮にいない。
まさか行方不明?とばかりに婦長さんが実家に連絡を取ってみましたが、それでも見つからない。
家族もああいう娘なのでそのうち戻ってくるとあまり真剣に探してくれず、やきもきしている間にひょっこり戻ってきました。
勤務をサボること丸4日。
さすがに婦長さんも怒って勤務をはずしていたのですが、本人は迷惑掛けたとはあまり思っていない様子。
もちろんお相手のところに入り浸っていたようで、4日も連絡なしだったのよー!と言うと、「そうでしたかー」と普通に返されて脱力でした。
で、更に衝撃の一言。
「向いてないんで、やっぱりやめます」
さすがの婦長さんも二の句が告げないままでしたが、無断欠勤の挙句ですので、あっさり退職願受理されてしまいました。
それでいいのかー!とも思いましたが、仕方がありません。
相手の男にだまされていやしないかと婦長さんと心配になって相手の男に会おうかと言っておりましたが、彼もどうも不思議ちゃんらしかったです。
その後、時々思い出したように連絡が来ていましたが、3年前からぱたっと連絡が途絶えました。
今どうしているのでしょう。
とんでもない子でしたが、幸せでいるといいなと思います。

(2005/01/08)

18.真夜中

真夜中のナースコールは、たいてい呼ぶ患者さんが決まっていたりしますが、たまに違う患者さんから呼ばれるととても緊張します。
具合が悪いのか、それとも…?

3年目のある日、滅多にナースコールを押すことのない患者Cさんからナースコールがありました。
「う…く、苦しい」
これはなんだかただ事ではありません。
すぐに駆けつけてみると、ベッドにいるはずのCさんの姿はありませんでしたが、その代わりに隣のベッドの患者Dさんが寝ていました。
しかし、ナースコールは確かにCさん。しかも、Cさんのベッドのもの。
…なんで??
不思議に思ってカーテンの中に入って近づくと、なんとDさんの下からうめき声が…!
細身で高齢なCさんが身体の大きいDさんの下敷きにされているではありませんか。
慌ててDさんを起こし、Cさんを救出(笑)。
Dさんは寝ぼけながら何も言わずに自分のベッドへ戻りました。
Cさんは一息つきながら「押しつぶされるかと思った…」とほっとした様子でした。
いわく、寝ていたら急に何か重いものが身体の上に乗っかり、金縛りかと思ったら自分の上でいびきが聞こえ、何とかしてどいてもらおうと思ったものの苦しくて声も出ず、ナースコールに必死に手を伸ばしたそうな。
と言うか、その状況でいびきまでかいて寝ていられるDさんて一体なんなんだ、とは思いましたが、Cさんに何ともなくてよかったです。
一応医療事故報告書、書きました…。
後日、Dさんの様子がおかしかったので検査してみると、肝硬変でアンモニア値が上がったことによる肝性昏睡と言われる状態であることがわかり、その後も夜中のトイレの後、2度ほど他のベッドにお邪魔することになり、個室になりました。
Cさんのベッドはもちろん翌日移動になりました。

(2005/01/16)

19.実習指導

4年目になると、実習指導者研修というものが訪れます。4年目以上で未経験者は全員参加です。
というわけで、同級生と多数顔を合わせる研修の一つです。
ちなみに、それ以外にも2年目だとか、3年目だとかにも研修はあり、5年目にはリーダー研修など諸々あるのですが、これが終わると嫌でも実習指導に携わることになります。
指導者研修の中身ははっきり言って忘れましたが(いいのか、それで)、4年目の冬には実習指導が始まりました。
そもそも4年目以上の先輩もそこそこいるのですから、順番の頻度としては少ないはずですが、研修終わったのでと言うことで早速順番が回ってきました。
実習中は毎日日勤で、週末は下手をすると夜勤入り。
実習に合わせるのですから、当たり前と言えば当たり前。
そして実習中は実習生と共に胃が痛くなるくらい気を使います。
他のスタッフとの連携や、学校の先生とのディスカッション(これは母校であればなんとでもなりますが)。
自分でも記録をまともにできなかったというのに、偉そうに実習記録の不備と不足部分の指摘。
何よりも実習生のやる気を損なわないようにフォローする日々。
実習生が後々うちの病棟に就職してもいいかもと思わせる雰囲気作り(って、なんだよ、それ、という訓示を婦長と先輩に言われた)。
これを3週間(病棟は内科だったのでびっちり3週間)。
朝の申し送りから冷や汗。
実習生のしどろもどろの計画をスタッフに納得してもらうためのフォロー。
そして自分で面倒見切れない部分(実習生5名の全ての処置を見切れません)をスタッフに頭下げてお願いしますと頼み込む。
実習途中でもちろん患者さんに病状変化があれば、計画変更を促すことも必要です。
でも、スタッフのように切り替えはうまくないので、切り替えるのに2日とかかると、すでにまた病状は変化していたりします。
それをフォローしつつ叱咤激励しなければなりません。
実習生にとって指導者に見捨てられるほど悲しいものはありませんし、優しいだけ、厳しいだけではやはり実習生のためにならないと思うのです。
やはり母校の生徒には最後までちゃんとがんばって卒業して欲しいし、自分が担当した病棟がただつらい思い出だけの実習場所になってほしくない、そんな思いでした。
そうして3週間終わる頃には指導者は疲れきっていますが、その後実習記録の提出を受けて、読み返して赤ペン片手に奮闘しなければいけないとは…。
なので、スタッフにとって実習指導はあまり喜ばしいものではないのでありました。

(2005/01/28)

20.酔いどれ患者

患者さんの中にはただおとなしく入院しているだけの場合もあれば、とんでもない騒動を起こしてくださる方までいろいろです。
もちろんそれは会社の中にいてもそうでしょうし、病気になったことで人格が変わってしまう方、入院しても社長気分の方など、要は人それぞれなわけです。
家族にだけ弱音を吐く方、家族にだけは弱音を吐けない方もいらっしゃいます。
そんな中、やはり酔いどれ親父というのもいるわけで…。

看護師の寝る前の見回りも終わり、次の巡視の時間まで何もない患者さんですと約2時間あります。
24時間点滴をつなげた患者さんは、次の引継ぎまでに点滴の残量の確認と滴下の調節をしなければなりません。
その合間を縫って、とある患者さんは抜け出したのです。
あの大きな点滴をガラガラと点滴台で引っ張ったまま、なんとタクシーに乗り込み、駅前のなじみの居酒屋に…。
くどいようですが、大学病院の周りには何もありませんし、公共交通機関は存在しませんので、スクールバスがなくなればタクシーしかないのです。
それにしても、あの点滴をなれた手つきで台を縮めて、タクシーの後部座席に乗り込んで居酒屋に行くとは!
それを見つけるまでにすでに3回ほど行っていたらしく、4回目に気づいたときには超ご機嫌で帰ってきたところを捕まえたのです(いや、犯罪者でもないんですが)。
なぜ気付いたか?
だって、巡視に行くとお酒臭いんですもの。
しかし、持ち込んだかもしれないお酒は見つからないし(家族に探させた)、治療の成果も見られない。
肝臓が悪くて入院しているのに、なぜお酒臭い??
それまでうまくやっていたと信じていた患者さん、つい気が緩んで巡視の時間に間に合わなくて御用となったのでした。
24時間点滴というのは、ご飯を絶食状態、もしくは食べられない状態のときにやるわけです。
酔いどれ患者いわく「大丈夫、酒しか飲んでいないから」とのたまってくれました。
主治医共々呆れ果て、家族の前で厳重に注意し、今度やったら治療の意志なしとみなして強制退院ということになりました。
タクシーの運転手さんに何か言われなかったかと聞くと、時々そういう患者さんはいる、とのことらしかったです。
出入り口の守衛さんも、居眠りこいてないで(←夜勤のときに通りがかるといつも寝ている)ちゃんと止めてくださいね…。

(2005/02/07)

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