ナースな日常3

21.訴えてやる!

看護師になりたての秋、とある患者が入院してきました。
病室は一日ウン万する特別室(以下特室と称す)。
それでも一般病棟にあるのは特室の中でも一番ランクの低いCクラスなのですが。
既往歴はいろいろありましたが、何と言っても驚いたのはその入院歴。
県内の大学病院を転々として、そこら中の病院と裁判中だという。
そのため、入院してくる前から主治医及び医局長からくれぐれも気をつけるようにと言われたのでした。
気をつけるといっても、どうすりゃいいんだ…という感じの中、例の患者は入院してきました。
極めて普通に(いや、それ以上に丁寧にして)接していたはずですが、入院時からご飯がまずいだの(確かにまずいが)、ベッドが気に入らないだのと文句が出始めました。
こればかりはその方のためだけに変えるわけにはいかないので、我慢してもらっていたのです。
それよりも、部屋が気に入らないのならば、特室ばかりを集めたVIP(野球選手や相撲力士など)が入院するもっとお高くて豪華な病棟もあるんですが、そこへはいかない。そこまで無駄金は使わないといった感じです。
そして、どんどん要求はエスカレートしていきます。
こんなによくならないのは、お前ら(看護師)が薬を間違っているかもしれないから、俺の目の前で詰めろ、と。
正直、不潔極まりない病室で詰めるほうが問題だと思うのですが、とにかくそうしないと治療が進まず、仕方なく主治医と相談の結果、本人の目の前で薬を準備したものと処方箋を確認させた上で詰めることになりました。
更に、「今の血圧の測り方が悪いから上がるんだ」「今捨てたものはなんだ!」「俺のベッドのシーツは毎日交換しろ」と。
昼に行っても、夜に行っても、とにかく訪室するたびに怒鳴られる始末。
そのうち、「必要以外口を開くな」となり、検査の説明にも不審がられ、とうとう訪室しただけで「お前は出入り禁止」とまでいわれる看護師まで出てしまいました。
主治医も当然どんどん変わります。最終的には医局長が点滴しなければいけない羽目に…。
看護師のほうも、当然夜勤もあるので毎日毎回同じ看護師が訪室するわけにいきません。
私もびくびくしながら朝の検温に訪室しました。
部屋に入った途端「今のお前の言動は証拠としてテープに録った。訴えてやるからな!」といきなり言われました。
目が点を通り越して、ショックで気が遠くなりました。
今私がしゃべった言葉は「おはようございます、検温いたしますね」だけだったんです。いったい私が何をしたんでしょう。
そのまま検温することもままならず、半泣きになりながらナースステーションへ戻り、出勤したばかりの婦長さんに泣きつきました。
聞いた婦長さんも首を傾げるばかり。
そらそうでしょう、私が一番わけがわかりませんから。
すぐに婦長さんは訪室して確かめてくれたんですが、確かに私がしゃべった言葉は挨拶のみとわかり、あれでは本当に訴えることはできないからと慰めていただきました。
今なら鼻で笑ってかわせると思うんですが、その当時は良くも悪くもド新人。
よく聞けば、訴えてやると言われた看護師も私だけではなかったらしいです。
さすがにこれ以上はまともに看護できないと婦長も思ってくれたのか、医局長も交えて話し合いがもたれました。
そして、再び患者は転院することになりました。
今度は他県の大学病院です。
しかもその転院の条件とは、医局長が自らその大学病院まで付き添うこと。
医局長はそれくらいだったら喜んでやりますといった感じでした。
ほぼ1ヶ月、治療はほとんど進まないまま、とりあえず入院中は裁判沙汰になることもなかったんですが(後で訴えてやると脅されたそうですが)、振り回されてかなり大変でした。
…あの猜疑心は、もともとの性格と病気によるものだったんでしょうが、何ゆえあそこまでになってしまうのか…。
今思えば、腹立たしいよりも哀しさを感じます。

(2005/02/09)

22.冷蔵庫の中

病棟の冷蔵庫の中にはさまざまなものが入っています。
もちろん薬品がメインですが、医療用の瞬間接着剤(傷口をくっつけるのに使います)だったり、何やらわからない臓器の一部だったり、輸血予定の血液も入っていたりします。
冷凍庫には、アイスノンやこれまた容器に入った何やらわからない謎の物体も入っています。
看護師の休憩所には、看護師用の冷蔵庫もありますが、夏になると入りきらなくなったアイス類、デザート類が隣にある医療用の冷蔵庫にこっそり入っていることもあります。
医療用の冷蔵庫は結構あります。
少なくとも3箇所くらいは分かれていろいろなものが入っています。
そのうち、影響のなさそうな冷蔵庫を選んで入れていますが、もちろんいつも空ではないので、時々スイカなどの大物が手に入ると(差し入れ)入れさせてもらっているのです。
夏場はケーキも常温で放置するわけにはいかないので、それも入れさせていただくのですが、運が悪いとケーキの箱の隣に輸血用血液が鎮座していたりします。
血液を保つ温度は決まっていますので、時にはケーキのほうをもちろん移動させるわけですが、臓器の隣か血液の隣か悩むところです。
それでもスタッフは平気でケーキをありがたくいただきます。
血液と一緒に並んだケーキ、…一般の方はやはり嫌ですか?

(2005/02/18)

23.ついてるね、のってるね

このフレーズで中山美穂を思い出す方は、私と同世代に違いない…。いや、まあ、知らない方はスルーしてください(笑)。
それはともかく、医療関係者の間で「ついてる」と言えばあれ。「のってる」と言えば一般的なあれ、です。

前に一晩で3人もの方を見送ったことがありましたが、それはほかの方に言わせれば「ついてる」。
亡くなりそうでもないのに、とある方が勤務についた途端に亡くなったりすると、「ついてる」と言われます。
まあ、常識的に考えればそんなことに科学的根拠も何もありません。
ましてや医療の最先端を行く大学病院で、幽霊だのなんだのを信じるほうもどうかとは思うのです。
しかし、病院だからこそ、そういう噂は絶えません。
そもそも誰も死んだことがない部屋、というのははっきり言って存在しないくらいです。
病院のあちこちに幽霊の一人や二人いたっておかしくはないでしょう。
実際霊感の強い方はいろいろ見えるけど、見ないと言うくらいですから。
もちろんそれを見えない人や信じていない人に信じろと言うのも無理な話です。
ですから、あくまでよくある話の一つとして聞き流してくだされば結構です。
科学的根拠も何もかもすっ飛ばして、世の中確かに不思議な出来事はたくさんあると私は思います。
家で寝ていて患者さんが挨拶に来ただの、ある病室に入院した人が皆女の人が見えると言い出すなど。
引き潮のときに亡くなる方が多いとか、こっそりお払いをした病室だとか、こっそり盛塩をしてあるところとか。
新しい機械を入れるときになぜか神主さんがくるとか。
そして私は、第六感というものを信じています。
この信じる根拠は、後ほどまたお話いたしましょう。
こうなると、なんだか病院ほど迷信深いところってないんじゃないかと思うこともあります。

さて、とある先輩看護師に非常に肩こりの強い人がおりました。
ある日、たまたま霊感が強いと言われる方にお会いしたときに、あっさり言われたそうです。
「あなた、肩重いでしょう。それだけのっけてる人も最近珍しいわねぇ。あら、看護師さん?なるほどねぇ。あなたに何か言いたい患者さんだと思うんだけど、恨みとかじゃないから大丈夫よ。祓ってもいいけど、また他に寄ってくるから今のままのほうがいいわよ。いつも同じ人じゃないみたいだから。もっと怖いの来るよりなじみの患者さんのほうがいいでしょう?」
そう言われた、と先輩は笑っておりましたが、いや、十分怖いですって。
あなたはそういう話、信じますか?

(2005/03/05)

24.哀愁のポケベル

病院内で医師は何かあると呼ばれるのですが、私が大学病院にいた頃の呼び出しはポケットベルが主流でした。
病院から貸与されるものです。
ようやくPHSや携帯電話が普及し始めた頃の話ですから、時代は変わるものです。
今でこそ院内PHSが使われ始めていますが、ポケベルというのは実に面倒なものでした。
そして、私はそのポケベルの呼び出しが下手でした。
まず、問題が院内で使われている電話の古さ。
院内電話で使われているのは、色が黒でないだけのあの重い受話器の普通の電話でした。つまり、ダイヤル式。
もちろんプッシュホンではないので、専用のポケベル送信機を使って送信しなければなりません。
まず0発信で、院外に電話をかけなければいけないのですが、 慌てていると0発信を忘れることもあり。
更に0発信したものの、きちんと外部とつながっているか確認をしなければなりません。
その上で呼び出す医師のポケベル番号を回し、ポケベル送信機を使って病棟内線番号を入力するのです。
もちろんその送信機の使い方も手順がありまして、*を押さないといけない、とかあるんですが、その手順のどこか一つでも間違うと、送信されません…(当然です)。
ポケベルを持つ側は、もっと大変です。
送信が途中だったり失敗したりすると、うまく届かないために呼び出しを受けた病棟を探す羽目になります。
耳鼻科だとか院内にあまりない病棟ならすぐにわかるでしょうが、内科は大変です。
受け持ち患者は散らばっていて、特に階や棟が同じだと内線電話番号も似たようなものが多いのです。
「23…」などと途中で切れていようものなら、まず代表電話に電話をして、23で始まる内科病棟に電話を回してもらいます。
厄介なのは、全く入力されてない場合や、「…6」などのようになぜか一つしか入っていない場合などです。
違う場合、次の病棟に電話を回してもらわなければなりません。
そこでおバカな看護師がいたりすると、内線を回してる途中で切れたりなんかして、また病院の代表電話からかけ直しです。
この内線電話というものは結構曲者です。
一応直通電話というものもあるにはあるんですが、病棟からかけることはできません。外からかかってくるのみです。
医師もそこまで把握している人はまれです。
これは、私が遅刻などの電話をするときも非常に面倒でした。
いや、ここで遅刻するんかい!という突っ込みはあるでしょうが、とりあえずスルーします。
遅刻するときというのはかなりパニック状態のときが多いのです。
パニックのときに外線電話番号など思いつきもしません。
とりあえず脳に染み付いていた病院代表電話にかけるものの、病棟に回してもらうまでの長いこと…。 ちょうど巡視なんかにいっていると、ちょっと出るまでの時間が長いだけで「誰も出ませんでした」と言う守衛のおっちゃんの眠そうな声。
そんなわけあるかい!と怒鳴りたくなります(でも遅刻する自分が悪いのでとりあえずこらえます)。
電話番のおっちゃんも大変でしょうが、かけている方は必死です。
医師の場合、もちろんポケベルは寝るときも枕元に鎮座です。
トイレに入ってようが、お風呂だろうが構わず鳴ります。
夜中にポケベルで起きずに電話をかけてこないと、自宅に電話です。
これをすると家族に嫌がられます(…医師が)。
でも、PHSになるとますます逃げられませんね。

(2005/03/11)

25.異動発表

病棟間での異動発表は、結構頻繁に行われます。
もちろん一番多いのは4月。
当然3月には退職者も出るので、それに合わせて婦長(今の呼び名は師長)クラスも異動が多いのです。
かつていた大学病院では、一病棟に一人婦長がいたくらい結構婦長がいました。そしてその下には主任。
もちろん婦長がいないところや(隣の病棟と兼任)、主任がいないところもありますが、どちらかは必ずいるものです。
この婦長によって病棟の雰囲気は変わりますから、結構ドキドキします。
環境というのは上司一つで変わるのはどこも同じです。
一般の看護師たちは、ついでに異動という感じで、人数調整のために回されます。
これも気の合う人合わない人があるので、誰が異動してくるか、どんな人なのか事前に噂は回ります。
発表までわからないことも多いのですが、私も4年目の秋に異動することになりました。
事前に(とは言っても発表の1週間前くらいかな?)婦長からお話がありました。
「…今抜けてもらうのは困るんだけど、異動先であなたならうまくやってくれるでしょう」と、大変ありがたいお言葉をいただきまして、思わず涙したものです。
休憩室で婦長と二人して仕事の終わった後泣いていたら、やってきた医師にぎょっとされました。
異動先も同じ内科でしたが、就職以来慣れ親しんだところを離れるのはさみしいものがあります。
更に内科といえどいろいろあるもので、今までと違う分野もまた新たに勉強しなおさねばなりませんでした。
今でこそ呼吸器は任せてと言えるくらいになりましたが、当時は循環器と呼吸器が苦手。
もっと苦手な外科に異動しなくてよかっただけましと言い聞かせての異動でした。
今でも循環器だけは苦手です。
腎臓、内分泌(糖尿病とか)、消化器全般(胃腸、肝臓、膵臓)をそれまでの病棟でいろいろ学びました。
今度は総合内科となっていたので、血液、循環器、呼吸器を補充する番でした。
ちなみに本格的な脳疾患は特別でもあり、よくある脳出血や脳梗塞程度ならどこの病棟でもいるという感じです。
異動の発表後は、異動先で私のどうでもいい噂もあったに違いありません。
同級生によると「ごく普通の人だよと言っておいた」ということでした。
よかったよ、普通の人扱いで…。

そんなわけで、1週間ほどはぐずぐずとしていましたが、順応力はあるので異動して1ヶ月もした頃には、まるで今までいたような顔をしていたのは言うまでもありません。
新しく同僚になった方々にも違和感がないと言われましたが、 …それはいいことなのか悪いことなのか。
ただ単にずうずうしいだけでしょうか?

(2005/03/18)

26.暗号を解読せよ

就職した当時から4年ほどは、伝票類は全て手書きでした。
処方箋に採血指示、器具の請求、薬剤管理。
ありとあらゆる伝票があり、医師はカルテに手書きし、医師または看護師が書き写すという面倒なことをやっていたわけです。
医師というのは、読めないカルテを書くのが一般的です(笑)。正直、何を書いてあるかよく見ないと読めないです。
それは日本語と英語にドイツ語(ドイツ語は最近ほとんど使いませんが)が混じった文章が書かれています。
そして、それが丁寧な字で書いてあることはごくまれです。
多分わざとな面もあるのでしょうが、読むほうはかなり苦労します。
医師自身、自分で書いた字が読めないこともあります。…言語道断ですね。
パソコンが導入され、処方箋や採血オーダーは全て院内オーダーシステムに変わりました。
印刷されたシール状の処方箋をカルテに貼り付ければおしまいです。
外来も同じく処方箋は印刷されるようになり、大変便利になりました。
何よりもオーダーミスが少なくなり、伝票が違うと薬剤部からダメだしされることも少なくなります。
定期処方薬、屯用薬、外用薬、臨時処方薬など、処方内容によって伝票が違っていたのです。
そう、その薬剤部の方はきっと長い間苦労したことと思います。
何せ処方箋も手書きでしたから、字が読めないことには薬も出せません。
しかも、誰が書いたのかサインすら読み取れないことも多いのです。
どうやら薬剤部には、字が読めない医師のサイン一覧表を持っているという噂もありました。
それを元に医師を探し、どうしても判読不明の場合は処方内容を確認するために電話をするのです。
今まで病棟の薬の処方日には、大量の伝票を看護補助さんに薬剤部に提出してもらっていたのですが、パソコン導入後はそれも必要なくなりました。
器材の請求も急ぎでなければやはりパソコンでオーダーです
。 時間までにオーダーしなければ、翌日機材が送られてこないことになります。
商品在庫管理と一緒ですね。
しかし、医師の治療方針のほうはどうにもなりません。
それを解読する看護師の身にもなってください、と言いたいです。
略字に英文、果たして日本語なのか英語なのかすら判読不可能なものもあります。
公的文書として、それは許されるものなんでしょうかねぇといまだ疑問です。
しかし、その癖のある字も時を重ねれば読めるようになるので不思議です。
それでも、せめて自分が読めるくらいの字を書いて欲しいといまだ切に願います。

蛇足ですが、突然パソコンの全システムが稼動不可能になったときは、やはり伝票手書きになります。
一斉放送で「オーダー、伝票」と言う放送が入り、復旧されるまで伝票片手に走り回る羽目になります。
もう一つ、麻薬系の処方箋は今もやはり手書きで、ダブルサインになります。

(2005/03/23)

27.平和な午後に

日曜の日勤午後は、何事もなければ平和に過ぎていきます。
ところがある日、お昼も過ぎて患者さんもウトウトとお昼寝に励む頃、突然静寂は破られました。
…地震です。
たかが震度3、一瞬の縦揺れの後、程なく収まる程度の揺れです。
ところが何も心の準備がないので、揺れだすと何をしていいのかわからなくなります。
棟が高いので、上に行くほどなんとなく揺れが大きいような気もします。
しかし、運悪くそのときはナースステーションに看護師3人。 しかもリーダーは私。
そして、ちょうど水槽の熱帯魚(某医師の趣味で、増えすぎたのでナースステーションに持ち込んだもの)にえさをやろうと近づいたときでした。
一人の看護師はキャーと言いながら、ナースステーションのテーブルの下に隠れようとしゃがみこみ、もう一人はテーブルに捕まったまま硬直。
私はとっさに何を思ったのか、水槽が落ちないように押さえてました(笑)。冷静に考えれば危ないので、むしろ水槽から離れるべきだったんですが。
揺れが収まった途端、危機管理マニュアルが頭の中を駆け巡りました。
まだ硬直状態の後輩二人に病棟内に被害がないか見回りに行くように促しました。
「先輩怖くないんですか〜」と言う後輩二人。
でもその後、なんとなくナースコールを取ると「…ただいま見回りに参りますが、…大丈夫ですか〜?」となんとも間抜けなコールをしたのでした…。
そう、ナースコールを取ったはいいが、何をしゃべるつもりなのか何も考えていなかったのです。
でも、一斉コールかけた手前、何かしゃべらないと…と。
動揺してるよ、自分、思いっきり…。怖いに決まってるじゃないか、ヤダヨ、地震。
コールすよりも先に動けっての…とコールした後で気づいたんですが、地震嫌いの私にはきっとそれが精一杯だったんでしょうね。
動揺していた患者さんは、間抜けなコールに笑っていただいたお陰で(?)緊張が取れたらしいんですが。
とりあえず重症患者の呼吸器などを見に行き、物が落ちて怪我をした人がいないかどうか確認した後、一応マニュアルどおりに守衛室に電話しました。「○病棟被害ありません」と。
ところがこの守衛室のおっちゃん、面倒そうに「ああ、はい」と返しただけ。
前回夜中の地震のときに電話しなかったら、夜勤婦長にほとんどの病棟から被害状況の電話がないと怒られたので、今回は忠実に守ったのです。
守衛室も休日で突然の地震で見回り確認に忙しかったのかもしれませんが、もうちっと愛想よくしてくれてもいいじゃないか?
まあ、このときも被害状況報告した病棟が少なかったらしく、 後でお褒めに預かったことだけが救いです。
そして、できるなら、あのナースコールは我ながら一生封印しておきたい失敗でした。

(2005/03/23)

28.粘着シート

病院には清潔区域と言うものがあります。
それは手術室だったり、産科の分娩室だったり、中の人を感染症から防ぐための隔離病室だったりします。
逆に感染症を外へ持ち出さないための部屋もあります。
それらの部屋の入り口には、スリッパとガウン、帽子、マスク、消毒液などが常備してあります。
出入りするにはそれら全てを身につけなければ入れないこともあります。
隔離の規模にもよりますが、ほとんどは厳重に守られます。
そして今回の話はくだらないんですが(いや、いつもか…)、その入り口に敷いてある粘着シートの話です。

粘着シートは、スリッパの裏の細かい塵を入り口でできるだけ取り除こうという代物です。
精密機械を扱う会社などでもあるでしょうか?
これが凄く、苦手でした。
シートは古くなればどんどんはがして何回か使えるようになっています。
新しく設置されたばかりの時や、新しくめくった時の粘着力はそれはもう強力です。
そこを通ろうとするたびにスリッパを引き剥がすように通らなければならないこともあります。
うっかり知らずに新しくなったばかりのシートの上を歩こうものなら、スリッパをシートの上に残したまま自分の身体だけ前へ行こうとし…、結果的にシートの上で転ぶ羽目になります。
シートの上には、足を踏み入れた状態のまま残されたスリッパとのたうち回る自分。時にはパンツまで見えそうな勢いです。
転ばないまでもスリッパだけ残してくることもしばしば。
清潔どころか思いっきり不潔です。
もちろんすぐに起き上がることは可能ですが、考えてもみてください。普通に歩いて通り過ぎようとした身体を突然足元だけ固定される気分。推進力が加わっていますから、当然前への転び方も半端じゃありません。
誰もいなければ一人照れ笑いで済むでしょうが、手術室や分娩室の入り口(急いでいたりするので一番うっかりと踏み込みやすい)でこれをやった日には、ただの間抜けなゴキブリと一緒です…。
云わば「人間ホイホイ」(あ〜、商品名に引っかかるか?)。
うっかり者の間抜けな私は、何度もこれをやりました。
自分の身体をバリバリと剥がして起こす悲しさと周りの爆笑が心に傷みます。
このときばかりはゴキブリの悲しさを身体で感じ、生まれ変わってゴキブリになっても、ホイホイだけにはかかりたくないと強く思いました。
え、じゃあ、スプレーでのたうち回ったりするほうがいいかって?…うーん…。

(2005/04/12)

29.第六感

人間には五感と言うものがあります。
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、です。
医療の世界では、まず見る(診る、看る)、触ってみる(触診)、聴いてみる(聴診)が原則です。
客観的情報を収集するのには欠かせません。
時には臭いで気付くときもありますね。
味は…ないか。

そして、もう一つ、第六感。
勘…とでも言うのでしょうか。
職人さんは、技術のほかに自分の長年の勘で仕事をするといわれます。
私は職人の領域には達することはないでしょうが、第六感というものは信じています。
新人を指導したとき、指導の最後にこう付け加えることにしていました。
「自分で何かおかしいと思ったら、一人で判断せずに必ずもう一度確認して、報告するなりして他人にも見てもらえ」と。
何かおかしいと気付く度量がなければいけませんが、それでも、時々は患者さんの様子に何か違うものを感じることはあるのです。
特に重症患者さんを受け持ったときには、第六感というものが働くときがあるのです。
真夜中の巡視のとき、何事もなく見回りを終えたはずの患者さんがどうしても気になり、もう一度見に行こうと部屋に入った途端に呼吸が止まったとか、なんとなく気になって振り返ったときに痙攣が起きたとか。
こういうことが時々あると、見に行ってよかった〜となるので、なんとなく…という感覚も捨てたものじゃありません。
話せないけれど、目で訴えたいことがわかったとき、うまく苦痛を取り除くことができたときとか。
これはもちろん経験も必要ですが、新人さんでも関係なくできることだと思うのです。
何かおかしいと思って見直すことは、医療事故防止にも役立つことでしょう。
やはり命にかかわることですので、ふ〜んと鼻で笑われようが、私はそういう理由で第六感というものを大事にしています。

(2005/05/07)

30.大名行列

週に1回ほど、教授回診というものがあります。
各科の教授が自分の科の患者を一斉に回ります。
ドラマでもよくやっているやつです。
教授の傍には婦長がつき、小うるさい教授のときは婦長も緊張します。
そしてその後ろには医局長だの助教授だの、上から順に手が空いている人(ほとんど主治医)は全て後ろからぞろぞろと付いて回ります。
主治医は教授に患者の入院状況や治療の進み具合を説明しなければなりません。
前日までにカルテの整理に必死です。フィルムも用意しなければなりません。
時には更にポリクリと呼ばれる臨床実習中の医学生5、6人ほどが付いていることもあります。
更に看護学生もいた日には、病棟中これでもかと人があふれます。
非常に邪魔です。 担当看護師は、担当部屋にいる患者以外の人を追い出しにかかります。
午前中に面会時間はありませんが、たまには家族もやってくることもあります。
全て病室外へ出てもらわなければいけません。
廊下で待とうと思った家族もあまりの人出に驚いて、慌てて面会室等へ避難します。
病室のカーテンを全て開け放ち、ベッドの上の余分なものは全て片付けます。 布団もめくって、教授が近づいてきたらお腹を出すように迫ります。
プライバシーはいったいどこ?状態です。
もちろん患者の周りには医者その他諸々が取り囲んでいるので、ほかの患者に見える心配は余りありませんが、大勢の人に囲まれるわけです。
主治医は告知していない患者の病名や治療方針を苦労して(略語だったりドイツ語だったりで)披露します。
ぼそぼそと教授にしか聞こえないように言ったにもかかわらず、たまに大バカなポリクリが「○○って、なんだ?」と結構大きな声で他の学生に聞いていたりします。
後で患者に聞かれる看護師の身にもなってみやがれ、です。
大学病院には入り口に「医療教育の場として…」ご協力云々の文字があります。
治療中、手術中、診察中には周りで学生がうろうろしている場合もあります。
しかし、こんな時代錯誤の回診聞いてないよ〜と言う方もいるでしょう。
教授が忙しいのか面倒なのか、以前に比べると大掛かりな教授回診は減りましたが、いまだ時々大学病院では行われていることもあるようです。
大学病院での治療の際には、どうしても嫌ならきっぱりと学生の見学はお断りしますと言葉にしたほうがよいようです。

(2005/05/07)

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